もう随分前のことになりますが、あるテレビ番組でSMAPの木村拓哉のインタビューが放送されていて、キムタクがインタビュアーの女子アナにこう尋ねました。

「○○さん、制服はセーラー服でしたか?」

女子アナが「いえ、ブレザーでした」と答えると、キムタクは「チッ!」と舌打ちをしたのでした。

それを見ていた私は「分かるよ、分かる」と、キムタクに妙な親近感を覚えたものでした。

知人でこういう人がいます。

「制服は“制する服”であり、“聖なる服”でもあり、“性的な服”でもある」と。

それにも私は「分かるぞ!」と激しく賛同したのですが、やはり制服は制服でも、キムタクもこだわるように、セーラー服は多くの男性も憧れ、崇める制服だと言えるでしょう。

セーラー服の最大の魅力というのは、着る女子生徒さんも思うように、「かわいい」という一言に尽きます。

可憐、純情、儚さ・・・、そんな思春期の女性の、危険で、しかし微笑ましくもある特性をパッケージングして、最大限に表現した制服だと思います。

そもそも水兵の着る制服だったセーラー服が、明治期の女学校で「動きやすさ」を考慮し、体操着のような感覚で導入されたのが現在あるセーラー服の始まりらしいですが、やはり女子生徒さんが着ているのを見ると、溌溂とした、みずみずしい、若いっていいね!という、健康的で活動的な色香を感じるものです。

個人的で少々下世話なことを述べれば、中学も高校も残念ながら地味で暗色のブレザーだったので、学生の当時からセーラー服は眩しい存在でした。

恋人には必ずセーラー服を贈って着用させましたし、ドスケベDVD購入の際はセーラー服コスプレのものばかり選んでしまいます。

昨今、制服としてのセーラー服をやめてしまう学校が多いと聞きます。

非常にもったいないことです。

少子化もあって、セーラー服女子の減少も予想されます。

しかし、世界言語として「セーラー服」が通用する海外の国もあるといいます。

セーラー服が今一度見直されて、私のような男どもにも眼福であり続けるように願ってやみません。