私が青春時代を過ごした地域で、可愛いと評判だったセーラー服は、

白地のシャツに襟元のラインが水色三本で、リボンが紺色のセーラー服だった。

 

自分が通った学校はブレザーだったが、

なかなかデザインが良いと評判だったので、

当時、セーラー服に憧れる事は無かった。

 

学校帰りの寄り道では、

色々な他校の生徒も集まる人気の街が大抵同じだったので、

色々な制服を目にする機会が多かった。

 

しかし、セーラー服の生徒を見掛ける機会だけは少なかった。

 

どちらかと言えば、放課後の街中よりもスポーツ大会で見かける学校で、

セーラー服を着た部員達の集まりは、

スポーツ女子の健全な活発さを印象付けるようだった。

 

中にはヤンキーのようなセーラー服のギャルも居たので、

昔のスケバンのイメージを残したまま、不良を連想させる制服でもあったが、

どちらにしても、活発な女子生徒が多いのは、

セーラー服の学校という印象だった。

 

ヤンキーも部活生も共通しているのは、集団行動が多いという事で、

当時の私の学生生活には程遠い制服の存在だった。

 

同じ地元でセーラー服の学校に通っていた友人も、

会う度、日に日に活発な性格に変わっていく気がして、

以前の付合いも変化したようで、少し寂しくもあった。

 

そんな時代も過ぎ、社会人になってからセーラー服姿の生徒を見掛けると、

昔は全く羨ましく思わなかったはずなのに、

何だか羨ましい気持ちになった事があった。

 

セーラー服を着る事そのものに憧れたのではない。

 

見掛けた生徒に、セーラー服が似合う

健全で活発に華やぐ姿を懐かしく思ってしまったのだ。